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Mondial 200TS 1950 年式
車検
未登録
走行
不明
備考
通関証渡し イタリアから個人輸入
長さ
0000mm
000mm
高さ
0000mm
重量
000kg
排気量
200cc

更新日 2007年 7月9日

F.B.MONDIAL のF.B.はボセリ兄弟の意味。イタリア、アドリア海に面したアンコーナ市にボセリ伯爵の四兄弟がいた。その中でもジュゼッペ・ボセリは二輪に情熱をそそいで、大富豪の子として生まれた豊富な資金を高度な技術力に変えていた。大戦後、モンディアルが誰よりも早くモータースポーツに名乗り出られたのは、モト・グッチやベネリなどと違い、乗り物生産メーカーでもなかったため、大きな台所も持っておらず、軍事や国策に深く関わらずに済んだゆえの身軽さでした。

ドゥルシアーニ技師はF.B.の意図をくみ、戦前からのお家芸の125をリファインさせたものを完成させれば、すぐにスピード記録への挑戦が再開されたのでした。

1948年(昭和23年)ファエンツァ(ボローニャ、イモラの中程の町)のサーキットで、最高速度161km/hを出すなど、4つのジャンルの世界記録を樹立。この快挙がF.B.(ボセリ兄弟)をロードレース界、GPでのモンディアル(=ワールド)へと、駒を進めさせるのでした。

1949年、ボローニャ市郊外に工場が新設。GPロードレースの初陣はモンツァ。マシンの中身は速度記録車そのもので、(アンダーカウルと、ロングテールカウルは変えられたが)ライダーのF・ラーマはこのマシンの絶対性能が、名前の通りのナンバーワンである証明をした。赤いモリーニとMVの追撃から逃げた「銀に青のポイント」を持つモンディアルF.B.は、謙虚に、自然に、且つ他を圧倒してワールドチャンピオンに輝いた。(ランキング3位まで独占)

1950年、ブルーノ・ルッフォを先頭にランキング1,2,3,5位を独占。(4位はモリーニ)1951年、(後々、色々と絡み合う)カルロ・ウッビアリが登場し、彼を首位にたてモンディアルF.B.は無敵無敗の時代を形成した。

この3年連続世界一はF.B.(ボセリ兄弟)にとって、張本人であるジュゼッペ・ボセリにとっても、望んだもの以上の成果であった。一方ライバルたちはモンディアルの模倣にかかる。マーケットからは市販車が強く望まれる。主宰者ジュゼッペ・ボセリはそんな環境に頭を抱えるような人物だったという。

結論はレースの続投であり、市販車は彼らの競技車に公道を走れるランプ類を付けただけのものを売った。

現車はまさにこの時代のものです、保管状態は良好です、取材時は保管状態の為、エンジンをかけることが出来ませんでした。

オーナーさんは、他に数台エンスー車を所有していて、(最近のドカも)更に、これから輸入する予定が5台くらいあるそうなので、スペースの問題から、今回5台手放す事にしたなかの一台がこの車両です。


車両は千葉県にあります。
個人の為消費税はかかりません。

以上の記事内容は、オーナーさんのコメントをもとに作成したものです。
整備履歴、修復暦などに関しては、バイク見聞録で裏づけを取ったものではありません。


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